テディベアの歴史

1800年代後半からはじまるテディベアの歴史。ドイツで生まれ、アメリカで育ち、今なお世界中にファンをもっている、100年に渡るテディベアの世界を覗いてみましょう!

ホーム > テディベアコラム > テディベアの歴史

テディベア誕生の地
ドイツへタイムスリップ !!

ドイツ南部にある片田舎ギンゲン。「ヘンゼルとグレーテル」の舞台でもあるこの地で、1847年の7月24日に産声をあげたのが、シュタイフ社の生みの親であるマルガレーテ・シュタイフ。
マルガレーテは幼い頃から小児麻痺にかかり、車椅子での生活を余儀なくされました。しかし、家族の愛情に包まれて育った彼女は、ドイツ語で「おてんば」を意味する「グレーテル」と呼ばれるほど、活発な少女だったようです。
彼女は人一倍の努力で習得した裁縫技術を生かし、1877年に家族の援助もあって洋裁店を開きます。針刺しとして作ったフェルトのゾウは、そのかわいらしさから、子どもたちの遊び道具としても大きな評判を得たのです。
1902年には彼女と甥であるリヒャルド・シュタイフにより、クマをモチーフにした首と両手、両足の5カ所が動かせる、まったく新しいタイプのぬいぐるみが誕生。
「PB55」と名付けられたクマのぬいぐるみは、展示会に出展され、アメリカ人バイヤーの目に止まり、海を渡ったアメリカで大ブームを巻き起こすのです。1907年には、実に約97万個(現在でも年間のテディベア生産は約35万個)という驚異的な数のテディベアが売れたといいます。

テディベアブームをもたらした
大統領の狩猟旅行

第26代アメリカ大統領、セオドア・ルーズベルトもテディベアの歴史を紐解くうえで、欠かすことのできない人物です。
1902年11月、ミシシッピ州に狩猟旅行に出かけたときのことのです。獲物をしとめられなかった大統領に、すでに捕らえられていたクマを同行者が差し出して、とどめの一発を撃たせようとしたのです。
しかし大統領は、そのクマを撃つことを拒んだのです。
翌日、ワシントンポストが風刺画を添えて記事を掲載したところ、大統領のやさしさ、人道的一面がクローズアップされ、大統領の人気は一気に上がったのです。
それから大統領とクマとは切っても切れない関係になり、大統領の名前「セオドア」は、愛称を込めて「テディ」と呼ばれるようになったのです。その頃、ドイツから輸入されたテディベアと相まって・・・

ドイツで誕生し、アメリカ大統領の逸話が後押して、熱狂的なブームを世界に起こしたテディベア。
そのストーリーも魅力に満ちていますが、やはり、テディベア自らが放つ愛情感や安心感、包容力、やさしさ、かわいらしさに人気があるのではないでしょうか。
テディベアは子どもだけのものではありません。女の子だけのものでもないのです。
年齢や性別、国籍の壁を越えて、これからも愛され続けていくのでしょう。

お問い合わせ お支払い方法

商品に関するお問い合わせは、
こちらまでお気軽に。

TEL:03-3352-4811 FAX:03-3352-4888

お問い合わせ

クレジットカード、代金引換、コンビに決済、および銀行振込のお支払いが可能です。

使用可能クレジットカード

ショッピングガイド

ページトップへ